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2012年9月19日 (水)

「100歳の少年と12通の手紙」のマモ

9/17に東京グローブ座で行われた「100歳の少年と12通の手紙」を、昼・夜と見てきました。見てから既にまる2日経っているのに、身体中にまだお芝居の余韻が残っていて、こうしている今も、不思議な余韻、悲しいんだか、切ないんだかわからないような感動が身体中に残っていて、それを果たして文字という言葉で書き表せるのか、はなはだ疑問ですが、この余韻は、文字と言う形で発散してやらないと、ずーーっと引きずってしまいそうなので、頑張って書く事にしました。

マモの舞台はいつもそうなのですが、昼より夜、夜より次の日、と言う風に、回を重ねるごとに、別人のように変化していくのが定番なのですが、今回のそれは、凄すぎました。昼の部では、一本のまっすぐな線のような、ストレートな感情・想いが伝わってきていたのですが、午後の部の、宮野真守演じる「オスカー」は、そんな感情・想いに、重さ・起伏・強弱をプラスしてきて、凄かったという言葉でしか書けない自分が情けなくなるくらい、オスカーの心・想いを、全てのセリフ、一言一言に、大事に、丁寧に込めてきて、見ながら呼吸が止まりそうになるくらい、心が震えるような世界を作り出していました。

10歳の少年が、白血病になり、治療のせいで「つるっぱげ」と呼ばれ、唯一心を開いて話せる、萬田久子さん演じる「ローズ」から、今まで1週間に2回しか来れなかったのに、今日から12日間、ずーっと来られるようになったよ、と、言われた言葉から、自分の命が後12日間しかない事を察してしまう宮野真守演じる「オスカー」。そんな事実も、真正面から受け止め、死ぬために力いっぱい生きるマモオスカーの姿が、本当にまっすぐで、無邪気というか屈託のない強さに満ちていて、「死」とは今を力いっぱい生きる事なんだと教えてくれました。

舞台は、マモオスカーがパジャマ姿で、つるっぱげを隠す為に深々と帽子を被り、病院のベッドの上に、体操座りで朗読。そして、付き添いのようにベッドの横に座るローズとの会話形式で進んでいく、というシンプルなものでしたが、まるで、オスカーの心を表すかのようなダンサーさんが1人、そして、ピアノと2人のコーラスが入る事で、視覚からも、それぞれの想いみたいなものが伝わってきて、こんな朗読劇は初めて見ました。
覚えているセリフを搾り出しつつ、感想なぞかいてみたいと思います。えーっと、セリフは私の印象に残った記憶で書くので、実際は違ってると思いますが、その辺は大目に見てやって下さい。

お芝居の第一声は、びっくりするく゜らい、元気なマモオスカーの神様にあてた手紙のようなセリフでした。
オスカー神様へ、僕はオスカーです。つるっぱげって呼ばれてます。僕は骨髄移植をうけ、薬も飲んでいるのに、先生はまるで僕がヘマしたかように、僕を見ます。時々、ヘマしたのは先生でしょ、と言いたくなります。みんな僕を見ても何も言わなくなりました。変わらないのはローズさんだけです。皆は「死ぬ」という言葉が出ると、耳が聞えなくなるけど、ローズさんに、「誰も僕に死ぬっていわないんだ」と言うと、ローズさんは、「知ってるのに、何で言ってもらいたいの ? 」って言った。」
ローズ「オスカー、神様に手紙を書いてみない ? 」
オスカー「いないとわかってるのに、何で神様に手紙を書くの ? 」
ローズ「いると思えば、神様はいるようになる」
オスカー「何を書くの ? 」
ローズ「思ってるけど、言わない事を書くんだよ。そうしないと、新しい考えが入ってこなくなって、ダメ人間になっちゃうんだよ。そして、願い事を一日に一つだけ書くといいよ。ただし、精神的なものだよ。」
オスカー「わかった」
オスカー神様へ。僕は治るでしょうか ? 余計な説明とかはいらないから、「はい」か「いいえ」で答えて下さい。また明日。オスカー。ps.あて先がわからないんだけど、どうしたらいいですか ?

オスカー神様へ、いつもは日曜日にしかこない、うちの車があった。病室でババとママを待ったけど、こないので、僕は先生のへやに行ってみた。ドア越しに会話が聞えた。「手はつくしました。会って行きますか ? 」「そんな勇気はありません」。その時、パパとママは弱虫なんだと思った。誰にも会いたくなかった。でも、ローズさんには会いたい。先生から僕は死ぬんだって言われたら、パパとママは逃げ出したんだ。パパもママも大ッ嫌い
ローズ「それを神様に書いて、そして僕のところに来て下さいって書いてごらん」
オスカー「神様が来るの ? 」
ローズ「神様のやり方でね。精神的に、心の中に訪ねてくるんだ。1日を10年と数えて生きてごらん。」
オスカーじゃあ、後12日したら、120歳だね。また明日、p.s 神様、是非僕を尋ねてきてください。オスカー

オスカー神様へ、今夜20歳になれました。」
ここで、オスカーは、青色症で入院しているペギーという女の子が好きだと、ローズさんに打ち明けます。そして、両親からCDラジカセをプレゼントされ、それを持って、ペギーの所にいき、一緒にくるみわり人形を聞くのです。別れ際に、オスカーは、ペギーの頬にキスします。

オスカー神様、今日はそんな1日でした。今日のお願いです。ペギーと結婚させて下さい。僕にはあまり時間がないので、いいか、悪いか、教えて下さい。オスカー

オスカー僕は30代になりました。そして、ペギーと結婚しました。」
ローズ「ペギーとは上手くいってるの ?」
オスカー「昨日結婚したんだ。僕は二十歳を過ぎたから、もう生きたいように生きてる」
ローズ「ところで、神様に会いにいかない ? 」

この後、オスカーとローズは礼拝堂に行って、オスカーは初めてキリスト像を見る事になります。

オスカー神様の姿を観た時は、びっくりしました。全身ガリガリで、血を流し、自分をみてるみたいで嫌な気分になりました。」

そう言うオスカーに、ローズは、太ってるピチピチの神様と、苦しんでる神様とどっちを信じる ? そう聞かれます。
ローズ「オスカーも、神様も、オスカーの両親も、あたしも皆苦しむんだよ。でも、苦しみにもいろいろあるんだよ。神様の顔、苦しんでるように見える ? 」
オスカー「見えない」
ローズ「そこだよ。肉体的な苦痛と精神的な苦痛は違うんだよ。人は未知の物を恐れるから死を恐れる。クギの痛みは逃れられない。でも、精神的には痛みはない。信仰の恵みはそこ。それを伝えたかったんだ」
オスカー「わかった。怖くなったら信じるようにするよ。」

オスカー神様、その後、部屋に戻って少し眠りました。最近眠る時間が長くなってる気がします。覚めた時、ローズさんに言いました。未知の物が怖いんじゃなくて、知ってる物を失うのが怖いんだ
ローズ「それは私も同じだよ」

神様に手紙を書いた後、枕の右にある封筒を取って、それを神様に捧げるかのように差し出すのですが、この辺から手紙の差し出し方が今までと違ってきていて、なんとなく、気だるそうに、弱々しくなってました。

オスカー神様、今日のお願いです。明日のペギーの手術が上手くいきますように。僕みたいにしないで下さい。オスカー。p.s.手術は精神的なものじゃないから、神様はあつかってないのかな ? もしそうなら、手術の結果がどんなであっても、ペギーがそれを受け入れられるよう、お願いします。」

オスカー神様へ。今日ペギーは手術を受けました。30代は責任と心配の時代です。」
そして、
オスカー「ねぇ、ローズさん、どうして神様は、僕らみたいな病人を作るの ? 意地悪なの ? それともドジなの ?」
ローズ「病気は死と同じ。事実だけど罰じゃない。」
オスカー「ローズさんは何でもないから、そんな風に言えるんだよっ ! ! ! 」
ローズ「何でもないって、どうしてわかるの ?  ! 」

その言葉を聞いて、オスカーはハッっと気づくのです。そして、自分はもう32歳だから、自分には何でも話してほしいと言うのです。そんなオスカーを、大好きだよ、というローズ。
その後、眠っているオスカーを起こしたローズさんから、ペギーの手術が成功したと知らされます。そして、ペギーに会いに病室へ行った時、ペキーのお父さんから「娘を宜しく」と言われるのです。

オスカー今日は、いい1日でした。妻の手術も上手くいき、義理のお父さんとも親しくなれました。今日はお願いはありません。オスカー

オスカー神様へ、今日は40歳~50歳を過しました。明日はクリスマスです。今日はペギーとケンカをして、悲しくて、何もする気になれません。お休みなさい。p.s.神様、僕たちはもう友達ですよね。誕生日のプレゼントは何がいいですか ?

この、p.s.の言い方が、弱々しい感じなんだけど、その弱さを神様へのプレゼントに置き換えと、真っ直ぐに、暖かく言い切るマモボイスの暖かさに、思わず嗚咽しそうになってしまいました。

オスカー神様へ、12/24、僕はペギーに、「愛してる、君だけだよ」っていいました。ペギーも「私もあなただけだ」と言い、2人で泣きました50歳を超えて試練を乗り越えたんだから。今日はクリスマスなので、ペギーの所にはいろいろな人が来るので、僕は1人です。つまらない1日、なので、僕は脱走の計画をたてました。友達の協力で外に出て、ローズさんの車の前の座席と後ろの座席の間にもぐりこんだんです。」

その後、眠ってしまったオスカーはローズさんに起こされ、ローズさんの家でクリスマスを過すことになります。
ローズ「皆オスカー探してて、ご両親が、1番参ってるよ」
オスカー「パパもママも、バカだ。手錠かけられれば、僕が好きになると思ったのかな ! ! 」
ローズ゜「パパとママの何処がいけないのっ ? ? 」
オスカー「僕を怖がって、話そうとしないっ ! ! まるで僕が怪物になったみたいに。僕、そんなに臭い ? 」
ローズ「病気が怖いんだよ」
オスカー「病気は僕の一部なのに。」
ローズ「ご両親は寂しいんだよ、あたし達みたいに仲良くなれないのが。やいてるんだよ。オスカーはいつか死ぬけど、パパとママも死ぬんだよ。死ぬとき、オスカーと仲良くなれなかった事を後悔しながら死ぬんだよ。死ぬのはオスカーだけじゃない。そこがあんたにはわかってない。」
オスカー「でも、僕が1番先に死ぬんだっ ! ! 」
ローズ「そう、オスカーは先に死ぬ。だからって何をしても許されるの ? 他の人の事は考えなくてもいいの ? 」
オスカー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」

オスカー神様、手が疲れてきたので、簡単に書きます。結局パパとママがきて、そのままクリスマスパーティーをしました。僕が「ごめんなさい」というと、パパとママは以前のパパとママに戻り、皆でステキなクリスマスをすごしました。オスカー。p.s.願い事を忘れてました。パパとママがこれからも、今晩のようなパパとママでありますように。」

オスカー神様へ、60代になりました。今日は調子よくありませんでした。きっと、もう出かけたいとは思わないと思います。ペギーが車椅子で会いに来てくれました。2人で手を繋いで、くるみ割り人形をききました。ペンが重くなってきたのでもう書けません。また明日、オスカー

このあたりから、マモの口調に陰りが出てきます。口調は元気なのに、ダルそうな喋りになり、手紙を置く動作も、まるで重い荷物を置くような、そんなおっくうな感じが出てました。ほんとうに、手紙に重さが加わったかのようでした。

オスカー神様へ。今日は70歳から80歳を過して、いろいろ考えましたローズさんから、寿命が1日しかない植物の種を貰い、朝には芽を出し、夜には枯れてペシャンコになりました。その一生を見届けたのです。感動しました。植物としての仕事を、りっぱにやりとげたのです。」

オスカー「ローズさん、何故医学辞典には、「生」とか「死」「神」とか、皆に係わることが書かれてないの ? 」
ローズ「それは哲学辞典だね。でも、本によっては答えは同じじゃないかもしれないよ。」
オスカー「どうして ? 」
ローズ「はっきりした答えがあるのは、どうでもいい事だけだからね」
オスカー「「生きる」には答えがないって事 ? 」
ローズ「「生きる」にはたくさんの答えがあるから、ないのと同じ事なんだよ」

オスカー「僕は、「生きる」の意味を知るには、生きなきゃいけないと思った。その時先生が申し訳なさそうに病室に来た。」

オスカー先生、僕は薬も飲んだしやるべき事はやった。先生もやるべき事はやったんだから、そんな申し訳なさそうな顔をしないで下さい。先生は神様じゃないんだから。先生ははただの「治療する人」なんだから」
先生は心から笑って、「ありがとう」と言った。以上です、神様。あなたはまだ来てくれないんですね。来てくれたら嬉しいです。お休みなさい。オスカー


オスカー神様へ。ペキーが退院しました。僕はバカじゃないから、ペギーにもう会えないことは、良くわかっています。悲しすぎるので、もう手紙は書きません。僕は禿げててもうろくし、ベットの上でグッタリしています。歳をとるのは嫌なものです。。。今日神様が嫌いになりました。オスカー

このあたりから、マモオスカーのお芝居は、マモの真骨頂である、想いが前面に出る演技に変わっていきました。

オスカー神様へ。来て下さってありがとうございます。目が覚めた時、90歳になったんだって思いました。その後、外の雪をみようとした時、神様が来てくれた事がわかりました。朝早く、まだ皆寝ていたけれど、神様は、夜明けの光を作ろうとしていましたね。神様は、夜を押しやり、世界を活気付かせた。神様は休まなかった。そこが、僕と神様の違いなんだと知りました。神様は常に働いている。なんてタフなんでしょう。僕は、神様がいるのがわかった。神様が言う幸せの秘訣。それは、毎日、初めて見るかのように世界を見ること。僕はそれを一生懸命やってみました。そしたら、空気が僕の鼻を通り、僕に息をさせてくれるのがわかった。自分が生きていることを実感した。生きる喜び、、、僕の胸は感動に震え、声も出ませんでした。ありがとうございます。神様が僕の手を取り、核心に導いてくれたんですね。ありがとうございます。また明日。オスカー。p.s.この感動を、パパやママ、そしてペギーにも教えてあげてください。」

マモも客席も鼻をすする音がずーーっとしてました。マモの「ありがとうございます」という言葉の言い方は、まるでマモこそが神様なんじゃないかと思うくらい、慈愛に満ちた、優しく、暖かい言い方で、私の魂を、その想いで摑み、揺さぶってきました。

オスカー神様へ。今日100歳になりました。眠ってばかりですが、気分はいいです。人生はおかしな贈り物です。最初はこの命をありがたがって、永遠のものだと思いこむ。その後、人は人生を見下して、短すぎると言い出す。投げ出そうとする人もいる。僕は100歳。10歳や20歳の時には、どんなにバカでも人生を楽しむ事が出来るけど、100際になって、身体がいう事をきかなくなったら、頭を使わなくちゃならなくなる。、、、僕は少しくたびれました。また明日。オスカー。」

マモオスカーが、鼻をすすりながら、涙の中から一生懸命明るく振舞って、顔を真っ直ぐに上げ、前を向いて進んでいこうとするこの気持ちを、一体どう受け止めればいいのか、、もう、もう、マモのこういうお芝居、凄いという言葉しか出て来ないです。大好きです。

オスカー神様、110歳、、、、、凄い年です。。。そろそろ、、、、、、死ぬんだと思います。オスカー
そういって、立てた膝の中に顔を埋めるオスカー。舞台はここで暗転。
私ときたら、もう、顔も心も魂も、涙でぐちゃぐちゃでした。

ローズ神様、あの子が亡くなりました。オスカーは、私と両親がほんの30分、コーヒーを飲みに行った間に息をひきとりました。1人で逝ったんです。あの子は、あたしたちを悲しませないよう、その時を待っていたんだと思います。あの子の方こそ、あたし達を気遣っていたんです。私の心の中にはまだオスカーが住んでいて、追い出すことができません。オスカーと引き合わせてくださってありがとうございました。あの子のおかげで、あなたを信じることが出来ました。あの子にもらったたくさんの「愛」は、死ぬまでもちそうです。ローズ。p.s.オスカーは、最後の3日間、ベッドの横に張り紙をしていました。あなた宛だと思います。こう書かれていました。「僕を起こしていいのは、神様だけです」」

死を扱ったストーリーなので、もっと暗い内容になるのかな、と思ったのですが、マモの邪気のないストレートなセリフと、10歳の少年からみた、100歳までの大人のあり方みたいなものが、真っ直ぐ心を刺してきて、「死ぬから」というより「生き方」みたいなものが魂を揺さぶるように伝わってきて、人はどれだけ「死」というゴールを見つめながら、今を生きていけぱいいのか、そんなものを強く強く考えさせられるお芝居でした。
生きる事を生きる。私にどこまでそれができるりかわからないけれど、死ぬ時には笑って死ねるような生き方がしたいなぁ、と、マモのオスカーを見ながら、しみじみ思いました。
マモの柔らかく暖かいボイスと、萬田さんの少し太めで力強く、包容力のあるボイスが見事なアンサンブルを作り出していて、このコンビを考えてくれた方に、心から拍手を送りたいです。
また、こういうマモのストレートな朗読劇を見たいなって思いました。

午後の部の最後、萬田さんの方からハグされて、照れてるマモは、ほんとに10歳の少年のようにかわゆかったです。

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コメント

さちさん


こんにちは~♪
訪問、そして感想、ありがとうございました。
こちらこそ、私なぞの感想を読んでくださりありがとうございました。
さちさんは、原作を読んでの参加だったのですね。凄いです。
何の前知識もなく見た私とは、受けた感動とか、ちょっと違ってくるのかもしれませんが、マモオスカーの第一声「神様へ」という言葉で一気にマモオスカーの世界に引き込まれたのは一緒、、ですよね。
そして、昼と夜との変わりようには、ただただ唖然とさせられました。
わかってはいたんだけど、目の前で見せつけられると、ほんと、鳥肌ものでした。
「生きる事」「死ぬ事」は、裏表のようなものなのに、普段は「生きる」事しか考えていない。それを10歳の少年が、両方を見事に見つめて生き抜いて、、、今思い出しても、胸が締め付けられそうになります。
マモも言っていたように、この感動は、誰も言葉ではかけないのかもしれません。
せめて、もう1日、見たかったです。1日だけで終わるのが、もったいなさ過ぎです。でも、これをもう1日見ていたら、一週間じゃ絶対に浮上できないな、と、思ってみたり。
本当に、なんとも言えないものを、心の中にいっぱい残してくれた作品でした。そんなマモに、心から感謝です。
段々と秋らしくなってきましたが、また残暑がぶり返すみたいなので、さちさんこそ、お身体には気をつけて下さいね。
ではでは、是非また遊びに来て下さい。
お待ちしています~☆☆☆

投稿: きば | 2012年9月23日 (日) 00:58

だんごママさん


こんにちは~♪
訪問、そして感想をありがとうございました。
「小児の終末医療」がどんなものなのか想像もつきませんが、私よりも、精神的にずっと近くで、このお芝居をご覧になったんですね。
私はといえば、見てきてからもう1週間になろうとしているのに、まだ全身にあの時の切なさやら感動の余韻が残っていて、全然浮上できずにいます。
わずか10歳の少年が見せた生き様の、何万分の1も「生きれて」ないんじゃないかと、そんな風に思えてしまいます。
いつも、人はいつ死んでもおかしくない、と、物心付いたときから、「人は死ぬ為に生きている」事を忘れた事はないつもりで生きてきましたが、オスカーの「生きる」という事は、私の思ってきたそれとは全然違っていました。
1人で逝ったのは、私達に対する、オスカーの最後の思いやり、と、ローズは言っていたけれど、あれはほんとうに辛すぎでしたね。わずか10歳の子が、、、それを思い出すと、今でも涙が出てきます。マモが演じたから尚更、そう強く思うのかもしれません。
手紙の中に、苦しい、とか、辛い、とか、しんどい、とか、1度も書かなかったオスカー。誰をも憎まず、恨まず、真っ直ぐに生きたマモオスカー。
本当に凄い生き様を見せつけられました。
私も、もう、人生の終着点が見えてる歳ですが、果たしてオスカーのような生き方が出来るのか、「生きる」こと「死ぬ」ことを、同じ天秤に乗せながら生きて行きたいな、そんな風に思いました。
そして、逝く時は、どんな状況であれ、マモの歌声を聴きながら逝けたら幸せだろうな、って、今の私は思うのです。
なんか、私も個人的な内容になってしまいましたね、すみません。
パンフのコメント、私も読みました。
本当にそうだなって思いました。どこまで実践できるかはわからないけれど、10年しか生きられなかったオスカーに比べたら、その何倍も生きている私は、それだけで幸せなんだと、そう思わせてくれました。
まだ当分は浮上出来そうにありませんが、それも「生きてる」からこその感情なんだと、そう思うことにしたいと思います。
ではでは、是非また、感想など聞かせてください。
楽しみにしています~☆☆☆

投稿: きば | 2012年9月22日 (土) 23:19

mmさん


こんにちは~♪
訪問、そして、そんな心境の中、コメントを残して下さりありがとうございました。
私も、本当に行きたかったイベントに行かれなかった時は、感想や話しを読んだり聞いたりするのがとても辛くて、避けまくったりしてしまう時があります。それが、本当に良かった内容だったら、なおさらそうなったりします。
そんな中、私のブログを訪ねて下さり、そんな風に仰って下さって、本当にありがとうございました。
マモが生きたオスカーは、いつも、真っ直ぐ、前を向いていました。110歳、、人間ならば、死んでもおかしくない歳になり、前に何も見えなくなった時、進む道が無くなっとき、それすらも受け入れ、それが「そろそろ死ぬのかな」という言葉で絞り出されて来た時は、何も考えられず、ただただ心が泣いていました。
「生きて、自分という人間を全うする。生きて感じる。生きて感動する。あるがままを、毎日初めて見るかのように感じ、感動する」生きるってそういう事なんだと、マモオスカーは教えてくれました。
マモのお芝居は、ほんとに、魂まで染みてきます。そんなマモのお芝居を、もっともっと見たいって、心から思います。
その時こそは、mmさんも、見られるといいですね。
私も、少しでも私のプログを読みたい、と思ってくださる方に、マモの様子が伝わるような、そんな文章を書けるように頑張りたいと思います。
今回は、訪問してくださり、本当にありがとうございました。
また是非遊びにいらして下さいねー。
お待ちしています~☆☆☆

投稿: きば | 2012年9月22日 (土) 22:06

まこさん


こんにちは~♪
訪問、そして、嬉しいコメントをありがとうございました。
私なぞの文章で、少しでも、マモがどんな風にオスカーを生きたか、少しでも伝わったなら、こんな嬉しい事はありません。
舞台を見て、そろそろ1週間になろうというのに、私の中には、マモオスカーの余韻が、まだ、強く強く残っていて、思い出すと泣きそうになります。こんなにいつまでも余韻を引きずってしまう私は、役者にはなれないなぁ、と、いつも思います。
今回のお芝居は、ほんとに、どんな言葉を使えば、感動や想いを伝えられるのか、、と思います。想いを言葉にするのって、本当に難しいです。でも、1番凄いのは、そんなオスカーを演じたマモだと思います。
私はやっぱり、マモのこういうストレートプレイが1番好きだと、しみじみ思いました。
また、こういうマモのお芝居が見たいです。
そして、こんな私の体調を気遣って下さり、ありがとうございます。
身体の疲れというより、気持ちが浮上出来ずって感じで、まだボーッとしていますが、次のイベントまでには、なんとか気持ちを浮上させたいと思っています。
コメント、本当にありがとうございました。
また是非遊びに来て下さいねー。
お待ちしています~☆☆☆

投稿: きば | 2012年9月22日 (土) 21:23

きばさんこんにちは!
朗読劇のレポ、丁寧にまとめられていて私も昼夜観ましたが、きばさんのレポを読みつつまたボロボロと泣いてました…
書いてくださってありがとうございます。
私は原作本を読んでから観劇したのですが、声や歌やダンサーが付くとより一層感情移入しやすくなりますね…。
宮野さんのオスカーも本当に少年で。
第一声の「神様へ」から少年だ!オスカーがいる!と思ってしまったくらい…。
あときばさんも書かれていますが、回を重ねる毎により一層よくなる宮野さんの演技にただただ凄いとしか…!!
昼も確かに凄かったのですが、夜は昼を越えましたね!!
特に夜の「そろそろ…死ぬんだと思います…」の台詞は胸を締め付けられるような言い方で観てる側も切ない気持ちでいっぱいでした…
ただ悲しい、切ないというだけじゃなくて生き方を考えることができた朗読劇だったなぁと思いますね。
私も上手く言葉に表せないのですが、本当に観に行って良かった、この作品に出会って良かったと思える朗読劇でした。
宮野さんと萬田さんのコンビも息があっていてもっと観てみたい!と思っちゃいました(^^)
なんだかいつも以上にまとまりの無い文面になってしまってすみません…
では、段々秋らしくなってきましたが、体調には気を付けてくださいませ!
またお邪魔させていただきます!

投稿: さち | 2012年9月22日 (土) 15:50

きばさん、朗読劇の記事、ありがとうございます。お疲れ様でした。

私もお昼の部だけですが、観に行きました。

実は、小児の終末医療というものを扱っていたので、足取り重く、グローブ座に向かいました。

朗読劇、出演者の方たちの作り出す雰囲気はすごかったですね。

圧倒されました。

ぼーっとしながら、翌日まで過ごして、一日たったころ、時限装置が働いたかのように、すごい感情が湧き上がってきました。

辛いです。…今も。

宮野さんが朗読したオスカー、ダンサーさんの動きも混ざり合って、頭の中でオスカーが存在して生きていたようでした。
私、10歳の息子がいるので、ちょっと距離をおいて観ようと思っていたのですが、かなり引き込まれていたようです。


辛かったのは、オスカーが一人で死を受容していって、一人で息を引き取ったことです。

最後の最後は両親が抱きしめて愛情でいっぱいにして、身も心も苦しんだオスカーによく頑張ったと伝えてあげて、安らかに、穏やかに、送ってあげてほしかったです。

すみません個人的な事、書いてしまって…。
あまりにもせつなくて。
(しかも、お話の内容、変えられないのに!って重々承知なんですけどね。)

朗読劇、なんかすごいですね…

きばさん、パンフレット、読みましたか?
パンフレットの宮野さんのコメント、すごく素敵でしたね。私も同じこと、考えていたのでちょっとうれしかったです。(ほかの出演者の方のコメントもとてもよかったですね)

宮野さんの朗読劇に引き込まれすぎた私ですが、なんとかライブのDVDとかみて、脱出したいと思います。きばさんは大丈夫ですか?

長々失礼しました。

体調など崩されませんように。
また、お邪魔させてくださいね。

投稿: だんごママ | 2012年9月20日 (木) 22:29

きばさん、こんばんはとお久しぶりです!(朝晩涼しくなってきて過ごしやすくなってきましたね(^^))

とっても行きたかったこの朗読劇…だからなのか、なかなか行かれた方の感想を読めなかったのです。そんな時にきばさんのブログに来たくなって、一つ一つ妄想を膨らませ、目が潤んできながらも大事に全て読ませていただきました。お話の内容が今の自分に響きすぎることもあり、行けなかったしこのまま何も読まずにやり過ごそうとしてしまっていた自分に反省しました。読めて、感じることができて良かったです。きばさん、本当にありがとうございます。何だかしんみりした感じになっちゃいましたが、また、遊びに来ます☆(いつもながら締まらない締めですみません(>_<))

投稿: mm | 2012年9月20日 (木) 21:40

きばさんこんばんは

いつも丁寧な記事ありがとうございます

私は朗読劇に行くことが出来ませんでした
たくさんのマモファン様に感想を聞くと、みなさん、とても感動した。こんな言葉では言い表せない。とおっしゃっていました

きばさんの記事を読ませていただいて、その意味がわかった気がします

記事を読んでいるだけで、マモの演技をしている姿が頭に浮かんできて、涙が出てきました

私もマモの演技にはいつも感動、感心させられっぱなしです
とても丁寧に、大切に演じるマモには、さすが役者といつも思わされています
こんな言葉でしか言い表せない自分が情けないです

「オスカーはきっと、『死にたくなかった』んだと思います」

マモがブログに書いていた言葉が浮かんできました

きばさんの記事を読んで、私もそう思いました
記事を読んだだけでこんなことを言っていいのか分からないのですが...

とにかく、私も今は胸がいっぱいであまりうまく言えません

素敵な記事を書いてくださり本当にありがとうございます

きばさんも思い出しながら記事を書いてお疲れになられたと思います
ゆっくり休んでください

長文失礼いたしました

投稿: まこ | 2012年9月20日 (木) 17:54

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