もう何回見てどのくらい泣いたかわかんない。
マモキラが、キラと名乗る前の高笑いは、目をつむって聴いている方が実は恐かったりする。マモキラの最後の狂気の演技も、画面見ながらと目をつむって聴くのとでは、全然印象や浮かんでくるイメージが違う。。気づいたときはびっくりした。
マモキラの「人を殺せば犯罪なんてことはわかってる。しかし、もうそれでしか正せない」「僕がやるしかない、他の者に出来たか、ここまでやれたか、この先できるか」という悲しいまでの切ない主張を聴いたとき、ある作品を思い出した。
「ジキルとハイド」
ジキルは、人の心は善と悪から出来ている。よって、人間から悪の心だけ取り除けば、人は優しくなり世界は平和になると考える。
そして発明した薬を自分自身に使い、実験する。
結果、ジキルの中にある悪の部分であるハイドが現われ、次々と殺人を犯していく。
結局ジキルは自分の中にいるハイドを抑えることが出来ず友人に撃たれ死んでいく。
「ジキルとハイド」を読んで思った事は「善と悪は切り離してはいけないもの。2つとも自分の中に共存させて、自分自身の意思でバランスを取っていかなければいけないもの。どちらかを消すことはできない。」ということだった。
マモキラの「腐った人間を消していけば、優しい人間だけの世界になる」という考え。
多分、それは不可能なことなんだと、最終回のこのマモキラの主張を聴いてて思った。
ならば何故、頭の良い月がそこに気づけなかったのか・・
それは、夜神月という人間が、優しすぎたからなんだと、私は思う。
ジキルも優しい人格の化学者だった。
結局、悪がはびこって不幸になるのは、「弱い善人」ばかりな訳で、悪人を消そうとするのは、そういう「弱い善人」が泣かずにすむ世の中を創るということに他ならない。
人を殺す事が悪と知ってても、あえてノートに名前を書いていったのは、そんな世の中を創る為。自分が不幸になってもそれをする、なんていう発想は優しい人間にしか出来ないんだよ。
そう、月は優しすぎた。
Lとレムを葬る為の計画を立てた時 「記憶をなくした僕は、必ずLと一緒にキラを捜査する。僕はそういう人間だ」 と、月自身が言い切った。
そして実際にそうなったし、Lと捜査をしている時の月や、おとり捜査をするミサを気遣う気持ちも、月の持つ本来の優しさ以外何物でもなく、演技でもウソでもなかった。
キラとして生きることを選んで、月が得する事なんて何もない・・・
だとしたら、やっぱり月は優しすぎた。
そんな優しい人間が、キラとしての過酷な精神状態の中で正気を保ち続けるなんて出来るわけが無い。いずれは限界がきて心が崩壊してたと思う。だから、ここで倒れる事は夜神月にとっては救いなんだと思いたい。
リュークが最初の頃、月に「死神に憑かれた人間は普通は不幸になる」と言った時、月はリュークに「じゃあ、普通じゃないパターンを見せてやるよ」と言った。
Lが迎えにきてくれて・・全てから解き放たれて・・月は、普通じゃないパターンで逝くことが出来たんだよね・・・・
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